
士業の生成AI利用ルール|守秘義務と設定の確認手順
顧客の決算書や従業員名簿を扱いながら、生成AIをどこまで使ってよいか。判断がつかないまま、利用を全面的に禁止している事務所も少なくありません。ルールを作りたいが、何から書けばいいか分からないという声もよく聞きます。
この記事では、ルールの文面を作る前に確認すべき「AIツール側の設定とデータの流れ」から順に整理します。守秘義務の条文の確認点、学習利用の設定の見方、顧客情報を入力する前の抽象化の手順までをまとめました。
なお筆者は士業ではなく、AI導入を支援するエンジニアです。制度の解釈や適用の判断は、所属される団体や専門家にご確認ください。
士業の守秘義務は、生成AIの利用でどこが問題になるのか
税理士法38条・社労士法21条が定めていること
まず条文を確認します。税理士法第38条です。
税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。 (e-Gov 法令検索 税理士法)
社会保険労務士法第21条も同じ構造です。
開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員でなくなつた後においても、また同様とする。 (e-Gov 法令検索 社会保険労務士法)
どちらも、資格を離れた後まで義務が続く点は共通です。なお社労士法21条の条文は、勤務社労士を名指ししていません。実際の適用範囲は所属会にご確認ください。
「AIに入力する」は情報を外に出す行為にあたるか
この記事で法的な結論は出しません。判断は所属団体や専門家の領域です。代わりに、判断の材料になる事実を確認します。
生成AIに文章を入力すると、内容は事務所の外のサーバーへ送られます。そこで一定期間保存され、人の目に触れたり学習に使われたりする場合があります。
重要なのは、この送られ方がサービスとプランと設定で変わる点です。まずそこを確認します。
入力データがどこへ行くのかを、実際に確認する
確認すべきことは3つです。学習に使われるか。誰かが中身を見るか。どれくらい保存されるか。
以下は2026年7月時点で各社の公式ドキュメントを確認した内容です。ポリシーは改定されます。導入を決める時点で、ご自身で読み直してください。
無料プランと業務向けプランで何が変わるか
Anthropic(Claude) は、Claude for WorkやAPIなどの商用製品について、既定では入出力を学習に使わないと記載しています。利用者が自らフィードバックを送信した場合が例外です(2026年3月16日更新、出典)。
Google の Gemini アプリは、ログインしているアカウントの種別で扱いが変わります。ここが間違えやすい部分です。
Workspace 契約のアカウントでは、Gemini アプリはコアサービスとして扱われると記載されています。ただし「ほとんどのエディションで」という限定と、自組織の Workspace 契約に従うという条件が付いています。エディションによって扱いが変わりうるため、自事務所の契約内容を確認する必要があります。
保護の範囲にも限定があります。原文は、チャットやアップロードしたファイルが「許可なく」人間のレビュアーに見られたり学習に使われたりしない、という書き方です。同じページの別の製品には「自ドメインの外では」という限定も付いています。無条件の保護ではない前提で読むほうが安全です(出典)。
個人の Google アカウントでは条件が異なります。チャットの一部が人間のレビュー対象になりうること、レビューされたデータは最大3年保持されることが明記されています(出典)。
判定の仕方は単純です。事務所契約の Workspace アカウントか、個人の Gmail アカウントか。 画面の見た目は似ていても、適用される条件は別です。
OpenAI の API は、2023年3月1日以降、明示的にオプトインしない限り送信データを学習に使わないと記載しています(出典)。
ただしこれはAPIについての記載です。ChatGPT の個人向けプランは、執筆時点で公式ヘルプの内容を取得できませんでした。確認できていないため本記事では扱いません。APIの記載を ChatGPT にそのまま当てはめないでください。
傾向としては、業務向け契約やAPIは「学習に使わない」が既定です。事務所で使うなら、業務向けの契約を選ぶのが出発点になります。
学習利用のオプトアウト設定がどこにあるか
確認できた設定の場所です(2026年7月時点)。
- Claude(Team / Enterprise): Organization settings > Data and Privacy の「Rate chats」で、組織単位でフィードバック送信を無効化できるとされています
- Gemini アプリ: 「Keep Activity」をオフにすると、そのチャットは学習に使われないと記載されています。ただし「フィードバックを送信した場合を除く」という留保が付きます
どちらも、利用者が自分で送る操作をしたときだけ例外になる、という同じ構造です。
気づいてほしいのは、設定項目の名前が「学習に使わない」になっていないことです。Rate chats、Keep Activity という別の言葉が使われています。
「それらしい項目が見つからない」は「設定が存在しない」を意味しません。公式ヘルプで設定名を調べてから画面を探すほうが確実です。
設定しても消えないもの(ログの保持)
学習に使われないことと、保存されないことは別です。
Gemini アプリは、Keep Activity をオフにしてもチャットが72時間アカウントに保持されると記載しています。さらに、オフの状態でフィードバックを送信した場合は、直近24時間のチャットとその内容が収集対象になると明記されています。
OpenAI の API は、不正利用監視のログを既定で最大30日保持するとしています。法的要件などでより長くなる場合や、承認を受けた顧客向けのゼロデータ保持(ZDR)についても案内があります。
送信した時点で、どこかに一定期間は残るのが前提です。守秘義務の観点では「学習されないから安全」ではなく「一定期間、外部に預けている」と捉えるほうが実態に近いと考えられます。
顧客情報を入力する前の「抽象化」を手順にする
「気をつけて使う」では現場は動きません。判断を毎回個人に委ねることになるからです。入力前の置き換えを、手順として決めてしまうほうが実用的です。
置き換えのルールを決める
たとえば、次のような対応表を作ります。
| 種類 | 入力しない例 | 置き換え例 |
|---|---|---|
| 法人名・屋号 | 株式会社◯◯物産 | A社 |
| 個人名 | 山田太郎 | 従業員X/相談者A |
| 生年月日・年齢 | 1981年5月3日 | 40代 |
| 所在地 | ◯県◯市◯町1-2-3 | 原則入力しない |
| 金額 | 6,203,400円 | 約620万円 |
| マイナンバー・各種番号 | 全桁 | 入力しない |
| 日付 | 2026年4月17日 | 2026年4月中旬 |
ただし、項目を1つずつ消せば足りるわけではありません。特定に効くのは組み合わせです。業種と地域と従業員数と時期が揃えば、名前を消しても相手が絞り込める場合があります。
入力前に、文章全体を読んで「これで個人や法人が特定されないか」を確認する一手間を、手順に含めてください。
抽象化しても答えの質が落ちない例/落ちる例
実際に試しました。架空の設定で作った同じ質問を、抽象化前と抽象化後の2通りで用意しました。それぞれを対話型AI(Claude)に投げ、出力を見比べています(2026年7月実施)。実在の顧客データは使っていません。
質問の内容は、従業員が私傷病で約3か月休職する場合の傷病手当金の手続きと、復職時に事業主が準備すべきことです。抽象化前は架空の法人名・氏名・生年月日・年収の実額を入れた文面、抽象化後は「従業員(40代・管理職)が私傷病で約3か月休職」とだけ書いた文面にしました。
結果として、手続きの流れや必要書類の説明は、ほぼ同じ内容が返ってきました。 氏名や法人名は、回答の中身に寄与していませんでした。違いは、AIが回答の中で「◯◯さんの場合」と呼びかけるかどうかという表現の部分だけです。
一方で、質の差が出る場面もありました。数値そのものが答えに必要な場合です。支給額の目安を計算させようとすると、年収を「約620万円」に丸めた時点で、回答も概算にとどまります。
この場合は、金額の桁は残しつつ、氏名や法人名など他の識別情報をすべて落とす、という切り分けが要ります。何を残すかは質問の目的で決まります。
1回の試行なので、これで一般化はできません。ただ「識別情報を消すとAIが使い物にならなくなる」という不安は、少なくともこの質問では当たりませんでした。よく使う質問で一度試してみると、線引きの感覚がつかめます。
抽象化では守れない場面
抽象化が効かないケースもあります。
- 事案そのものが識別情報になる場合。 特殊な事案は、抽象化すると質問が成立しなくなります
- 資料をそのまま添付する場合。 PDFやExcelをアップロードする運用では、入力前の置き換えが働きません
- 属性だけで特定される場合。 著名な法人や、その地域に一社しかない業種などが該当します
これらは「抽象化して使う」ではなく、「この業務ではAIを使わない」と決めるほうが早いと考えられます。ルールに使わない業務を明記しておくと、現場が毎回悩まずに済みます。
事務所の社内ルールに最低限書く項目
ここまで確認した内容を、そのままルールに落とします。雛形を丸写しするより、自事務所で確認した事実を書くほうが機能します。
- 使ってよいサービスとプランを列挙する。 それ以外は使わない、と書く
- 入力してよい情報・してはいけない情報の定義。 前章の対応表をそのまま貼る
- ファイル添付の可否。 添付は抽象化の手順が効かないため、別に決める
- 出力をそのまま成果物にしない。 内容を確認する責任は人にあると明記する
- 端末と回線。 私物端末や個人アカウントでの利用を認めるかどうか
- 迷ったときの相談先。 誰に聞くか、判断をどう記録に残すか
長い規程よりも、迷ったときに見て判断できる短さを優先してください。運用されない規程は、無いのとあまり変わりません。
総務省・経産省「AI事業者ガイドライン」から参照できる考え方
項目をゼロから考える必要はありません。AI事業者ガイドラインは、Ver1.2が令和8年3月31日に公開されています。本編・別紙のほか、チェックリストや概要版も同じページにあります。
チェックリストを出発点にして、自事務所に関係する項目だけを残す形で削るほうが早く形になります。
なお生成AIの利用については、個人情報保護委員会からも注意喚起が公表されています(2023年6月)。あわせて確認しておくとよいでしょう。
所属団体の情報を必ず確認する
所属会が指針を出している場合は、当然そちらが優先します。この記事は一般的な確認手順にすぎません。
社労士の場合、全国社会保険労務士会連合会が「社会保険労務士向け生成AI活用ガイドブック」を公開していることを、都道府県会の告知で確認しました。ただし会員限定の資料のため、内容はここでは扱いません。会員ページからご確認ください。
税理士の場合、筆者が確認した限り、日本税理士会連合会の公式サイトにAI利用に関する指針は見当たりませんでした(確認日: 2026年7月)。
二次情報の記事で「連合会のガイドラインがある」と書かれているものも見かけますが、公式サイトでは確認できていません。ルールの根拠にする前に、一次情報を当たることをおすすめします。今後公表される可能性もありますので、定期的にご確認ください。
まとめ
- 生成AIに入れてよいかは、サービスとプランと設定で変わります。まず「学習に使われるか・人が見るか・どれくらい残るか」の3点を公式ドキュメントで確認してください
- 学習に使われないことと、保存されないことは別です。送信した情報は一定期間外部に預けている、という前提でルールを組むほうが安全側に立てます
- 氏名や法人名を落としても、手続きの説明を求める質問では回答の質はほとんど変わりませんでした。抽象化の手順を決めておけば、利用と守秘義務は両立させやすくなります
事務所全体の業務効率化という視点では、AIで変わるバックオフィス業務 もあわせてご覧ください。

この記事を書いた人
清水 優太
社会福祉士 / フリーランスエンジニア(歴6年)。 福祉×IT・AIを軸に、中小企業向けのAI導入支援・Web制作を行っています。